❖ Browsing media by amane
結局、ユウちゃんが何を考えているのかはよく分からなかった。
せっかくの休日なのに、無遠慮な着信音でいつもより二時間早い起床を強いられる。私の不機嫌そうな声なんて全く気にしない電話の主は「今からお出かけしましょうよ」と、昔二人で見た百合アニメの……えぇと、名前を忘れたけど、そのキャラクターのセリフをまねしてみせた。窓から外の駐車場を覗き込むと、やはりセーラー服を着た怪異が私に手を振っている。
外に出ると、ユウちゃんが「来ちゃった」と言ってニコニコ笑っている。今どきカーナビもない「わ」ナンバーの古い軽自動車には、後部座席にたくさんの日用品や服やタオルをぱんぱんに詰めたトートバッグが雑多に積まれていて、あぁまたいつもの家出風旅行ですかと思いながら助手席に乗り込んだ。
「お互い社会人なんだからさ、事前にちゃんと連絡したらどう?」
「でも、どうせ暇でしょ? 仕事ならホテルでやってよ」
私にもちゃんと仕事があるのにさ。まぁ、いつでもどこでもできる仕事だから、別にいいけど。おかげで、ユウちゃんの好きなときにいつでも会えて、どこでも一緒に行けるんだよ。私が丸の内勤務のフルタイムOLだったら、ユウちゃんはきっとあの生活に耐えられなかったはずだもん。感謝してよね。
ユウちゃんは好き勝手おしゃべりしながらどこまでも車を進めていく。右折とか左折とか高速とか山道とか、そんな小さなことは気にしない。とにかく遠くへ進みたいだけ。まるで、生まれる前からそう本能に刻まれていたように。だから、ユウちゃんにカーナビは必要なかった。
三時間ほど車を走らせたくらいで、山を二つ越えた先の国道八号線沿いに見つけた砂浜に立ち寄ることにした。よく晴れた空はしかしずっと向こうが曖昧に霞んでいて、泳いでいるうちに水平線の隙間に落ちてしまうような心地がする。
ねぇユウちゃん、なんか終点に来たみたいな顔してるけど、家出はまだまだ始まったばかりでしょ? さっきちらりと見たレシートによれば、予定通りなら一週間、実際はさらに数日伸びるのがお決まりだった。もう少し進めば大きな港町に出られるし、場外市場なら安くて美味しい海の幸がいくらでも手に入るのに。
そんな、旅の終わりみたいな顔しないでよ。
「やっぱり、旦那と別れない方がよかったかも」
「えっ、嫌いだったんじゃないの?」
「そりゃそうだよ! でもさ、だからこそ好き勝手言えるっていうか。信頼ってわけでもないけど、こう……」
サンドバッグ?と言いかけたけど、ユウちゃんが気に入ったら癪なのでやめた。ユウちゃんの気まぐれで人生がめちゃくちゃになった男のことなんてどうでもよかったから。
ユウちゃんがあの男をサンドバッグなんて楽しげに呼んで、面白おかしく思い出話なんて語り始めたら笑っていられる自信がない。
「ねぇ、ユミと一緒なら、こんなことにはならなかったと思う? あたしたち、もっと上手くやれたかな」
「ユウちゃん。私、お腹空いちゃった。続きはフードコートで話さない? たら汁が有名なんだって」
「……うん。そうだね」
あぁ、ユウちゃんはどうしようもない後悔をずっと捨てられずにいるのだ。まるで、わんわん泣きながら私を崖から突き落とすみたいに。あぁ、こんなことなら、丸の内でOLでもやっておけばよかった。自由な働き方なんて、自由な恋愛なんて、ばかみたい。