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北浜(と先輩が呼んでいた)に着く頃には、すっかり日が傾いて海風が弱くなっていた。肌寒い夜に覆われる前の潮だまりのような時間が心地いい。
コンクリートの堤防を越えると、粒の揃った砂利浜にまるく磨かれた石がたくさん埋もれているのが目に入った。ひとつひとつの塊から長い影が伸びていて、じっと見つめると太陽に向かって這っているようにも感じられる。
左右を見渡しても、シーズン・オフの海水浴場には誰もいない。秋になったばかりの、しかも夕方の海なんて、今この瞬間には誰も覚えていられないだろう。先輩にもう少し計画性があれば、少しくらい波打ち際で遊べたのに。
「やっぱり、まだ早くないですか?」「何が?」「だって私たち、まだ大学生ですよ」
石を四つ分隔てて前を歩いていた先輩は、振り返って大きな声であははっと笑った。数時間前にラボで寝ていたときのゆったりした普段着のままで、まるで学食に行く途中みたいにリラックスした足取りで砂利を踏みしめる。
「まだ言ってるのか、牧島。きみの悠然さは筋金入りだなぁ」
「えーと……今日は練炭もガムテープも持ってませんけど」
「なに。七輪と一緒にトランクに積んであるから、問題ないよ」
芝居がかった口調では誤魔化しきれない物騒な返答に、えっ、と言葉に詰まってしまう。先輩の冗談は時折あらぬ方向から飛び出してきて、私はそういう不意打ちに弱かった。
手のひらを両手に向けておどけたポーズで固まってしまった私は、どうやら期待を超えて青ざめた表情になっていたらしく、先輩が取り繕うように「嘘だよ、嘘。検問に引っかかったら面倒だろう」と付け足す。
「わ、分かってますよ。先輩にそんな計画性あるわけないじゃないですか」
でも、あの無言の間から察するに、練炭セットを一式積んでるのは本当だろうな、と思った。
「そもそも、大学生なんて人生で一番弱くて壊れやすいんだから、急ぐ意味もないさ」
「だから、自分の墓石を?」
「最初からそう言ってるだろう」
要するに、先輩がここまで私を連れてきたのは、彼女の(先輩に言わせれば私たちの、だ)死に備えて墓石を選ぶためだったらしい。てっきり、ラボの簡易ベッドで海に行く夢でも見たのだと思っていた。そうでもなければ、飛び起きて突然「牧島。墓石を拾いに行こう!」なんて寝ぼけたことを言うわけがなかったから。
しかし、まぁ、先輩は本気で自分の墓標を探しに来たらしい。しかも、出会って半年も経たない無愛想な後輩をお供に。何年も連れ添ったパートナーのエンディングを無理やり後ろのチャプターから流し見ているような、どうも変な気分だった。
「いいよねぇ、海。私たちが帰る場所だよ」
「先輩はどんな石を選ぶんですか?」
「昔、庭に金魚のお墓を作ったことがあったが、あれは特に小さかったね。私のはもっと大きくて、真っ黒のがいい」
そう言うと、足元に横たわっていた一回り小さな石を取り上げてひとしきり眺めてから、今度はそれをお墓のように立てて砂に戻した。金魚と張り合うための墓石探しなら、もう少し気楽にやってもよさそうだ。先輩には、もっと大きな石のほうがいいと思うけど。
辺りがさらに薄暗くなって、夏か秋かも、昼か夜かも分からなくなる。手探りで砂利の中から石を掘り出して表面をなぞると、ひんやりと湿った冷たさが手に伝わって、砂底を泳ぐ魚を取り上げたようだった。ほんのり磯の香りが残って、本当に生きているみたい。
ふと前を見ると、ひときわ大きな黒い石を抱えた先輩が「石を選び終わったら、七輪で秋刀魚でも焼こうか」と言って、楽しそうに笑ってみせた。