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西なぎさには沖からのとても強い風が吹いていました。うねるように濁った海が、右や左から大きな白波を投げつけてはわたしに飛沫を飛ばそうとします。空では美しい雲が目まぐるしく姿を変えているのに、生ぬるい突風が運ぶべたべたしたクリームは雪のように肌に積もって離れません。小さな島の端に続くコンクリートの舗道は、長年こうして潮の気まぐれに晒されたせいで、なめらかな表面のトロウェルが剥がれてすっかりぼろぼろです。
まるで30番の板やすりに座っているような心地の階段に座って海を眺めているわたしも、いつかお尻から順にビブロンが剥がれてこうなってしまうのかもしれません。やっぱり、こんなところまで来るんじゃなかった。海の女神像として観光名所に仕立てられるなら、クリスタル・ビューに寄りかかって全身がキリコガラスになったほうがまだ まし というものです。
ふと左を見ると、水着を着た大勢の男女が東なぎさを引っ張っています。ざらざらのコンクリートにお揃いのビーチサンダルを踏ん張って、エーイエーイとかけ声を合わせて鋼索を引いているのです。東なぎさは西なぎさと同じ形の双子島で、しかし何十年も前からずっと「鳥類専用楽園・人類立入禁止」という黄色い看板が1文字ずつ立てられています。
風の音ですっかりかき消されていましたが、かれらは何度も何度も島を西なぎさに引き寄せようとしているのでした。もう「楽」「園」と「人」「類」という看板は男女の引っ張りに耐えられず根元から引き抜かれ、今は「鳥」の支柱にワイヤーがくくりつけられています。
それからは一瞬でした。東なぎさがいきなり諦めたように海を滑り出し、西なぎさの端にぶつかります。途端に白い壁のような波が何度も足元に押し寄せて、とうとう私の顔に潮の飛沫がかかってしまいました。あぁ、やっぱりわたしは海に呪われて板やすりになってしまうのです。
綱引きの相手を失った鋼索は大蛇のごとく暴れ回り、綱を引いていた人類を前から順番になぎ倒していきます。わたしの身体も宙を舞って、4回転半の末にざり、と頬に嫌な感触が走りました。島全体が大きく揺れて、異常を察知したサイレンがけたたましい音を響かせます。その警報に合わせて、地上に戻る橋が閉じてしまいました。もう、戻れません。
こうして海が終わるのだな、と思いました。