❖ Browsing media by amane
「私、海を渡るのってはじめて」
「うん、私も。ここよりずっと広くて綺麗だよ……きっと」
やっと、辿り着いた。海だ! 教科書の小さな写真でしか見たことのない、広くて大きな水の塊。夢の中で何度も指先でなぞった、ぷにぷにでつやつやした不思議な凹凸。この抜け道を見つけるまでは、この灰色の壁の向こうに世界が広がっていることさえ想像できなかった。でも、ここから逃げれば、きっと。
学校 から逃げた私たちは、外の世界にさらに高く広がるコンクリートの壁に圧倒されながら足を進めていた。食料コンテナに隠れて通用門――私たちが外との境界だと思っていた――を抜け出してから一晩が経つ。この壁の中にはもう、私たちを追う看守の他には誰もいないだろう。数十年前にはかつて普通の生活が広がっていたはずの街並みは、ほとんどが強い風雨や頑健な植物に呑まれ、あるいは虫さえ寄りつかないひどい烱能汚染にさらされていた。
あんな実験が今も旧校舎の地下で進められているとしたら、次の実験台になるのは脱走を企てた私たちに決まっている。だから、絶対にここから逃げなくちゃいけない。
「緊張してるの?」
「ヨウちゃんだって、手が震えてる」
「ふふっ。実は、滑って転んでしまわないか、ちょっと心配なの」
そっと手を重ねた私たちは、どちらともなく前に向かって歩き出す。海を踏みしめた感触はどんなだろう。寝転んだら冷たくて気持ちいいのかな。
少しずつ目の前に海が近づいて、きらきらとした光が徐々に私たちの目を覆っていくのが分かった。