❖ Browsing media by amane
「畑中は真面目だなぁ。いいんだよ、ポストの色なんてどうでも」
「そうはいきません。私の進級がかかってるんですから」
大学近くの小さいアパートから、先輩の車で408号線を南下してたっぷり三時間。海辺の街の青いポストの前で、私は小脇に抱えた長形三号の封筒に証拠写真を放り込むために、押し入れから引っ張り出してきたカメラを構えていた。
仏語実習の五十嵐先生が、単位を認めるには出席日数が明らかに足りない学生たちに課した救済措置。それは「最終レポートを青いポストから郵送すること」だった。最初に聞いたときは、行き先は伊豆大島か沖縄か、旅費はどこから出そうかと戦々恐々としていたけれど、陸路で行けるならこっちのものだ。
ピンク色の丸みを帯びたデザインのカメラからインスタントフィルムが吐き出されて、季節外れの暖かい風でぱたぱたと揺れる。端を指でつまんで引き出すと、少しずつ黒い面から青いポストのフルショットが浮かび上がってきた。
「ほら、先輩も祈ってください」
封筒を上から覗き込んで、一番手前に滑らせたポストの写真と規定枚数ぎりぎりのレポートに指をさす。フラップのテープを剥がして封を閉じると、やっと一仕事終えた感覚になった。
お賽銭がごとく厳かにレポートを差し入れてから、ポストに向かってぱんぱん、と手を叩く。青いポストに投函して得られるのは最終レポートの提出権だけだ。出席日数は最小限で計算されるとして、残りのレポートの点数が悪ければ結局は不合格になる。
それなら、私たちに今できるのは……祈ることだけ。
「はぁ……ここまで運転しただけで、もう十分祈ってあげたことにならない?」
そう言いながらも、先輩は私の横に立ってポストに向かって手を合わせる。そっと俯いて目を閉じる姿を見て、ふと初詣の日のことを思い出した。
「あ、そうだ! 私、いい場所を知ってるんです。カメラも持ってきたし、今から行きませんか?」
ポストへの礼拝を終えて顔を上げた先輩を、くいっと下から覗き込む。郵頼で済ませろとか、写真なんてSNSから持ってくればいいとか、ごちゃごちゃうるさい先輩を押さえて無理矢理車を出してもらったのは、もちろんこのためだ。
「私の運転で?」
「はい。私、運転できないので!」
「あー……そうだったね。じゃあ、仕方ないかな」
困ったように笑う先輩は、まるで予想外の提案だとでもいうようにわざとらしいため息をつく。大きく背伸びをしてから車に戻っていく先輩の背中を見ながら、私は根拠のない進級への自信と共に歩みを進めていた。