❖ Browsing media by amane
マキさんに「今日でこの街も最後だし、もう一度行ってみない?」と、まるで今思いついたように連れてこられたのは、山の上のロープウェイのりばでした。お昼に入ったファミレスでドリンクバーをミックスするのさえ飽きてしまった後のことでしたから、残っているのは乗客を見送る家族だけです。もうちょうど、今日の最終便が頂上へと向かうのを見送ることしかできません。
「少し遅かったですね」
「また明日来ればいいわ」
駅舎に取り付けられた大きなスピーカーから、古いカセットテープのような間延びした洋楽が流れ続けています。ふと、小さい頃に母親と歩いた商店街のことを思い出しました。まるでここだけが時間の流れから取り残されて、永遠にこの曖昧な薄暮に閉じ込められてしまったかのようです。
おかしなことですが、マキさんがロープウェイに乗るつもりがないのは分かっていました。ロープウェイに乗りたいのなら、ほとんどの人は最低限の身辺整理を済ませて直行シャトルバスで来るはずだからです。私たちのように自家用車で(しかもピカピカのレンジローバーで!)上がってくる人は、たいてい黒い喪服を着ていますし、しばしば純粋に景色を楽しみたいだけの乗客から疎まれています。
このロープウェイは全国でも珍しい開放型のゴンドラを採用していて、眼下に広がる風景がよく見えるように、左側にはジュラルミンの壁どころかガラスさえも嵌まっていません。そのせいか、素敵な景色に見とれてほとんどの人がゴンドラから飛び降りてしまうのだそうです。しかし、当の鉄道会社自身は特に問題視していないようで、柵やネットを設けて安全対策をするわけでもなく、むしろ「もっと近づいてみたくなる夜景」というキャッチフレーズで夜行便の宣伝さえ始めています。
私は前もこの光景を見たことがありました。ちょうど、マキさんと出会った日のことです。あの日もこんな春先の肌寒い夕暮れで、寂しげな顔をしたマキさんは、やはり最終便を見送って「次はきっと乗りましょうね」と言っていました。一人が飛び降り、また一人が飛び降り、まるで焼却炉に運ばれるペンギンの群れのような乗客を運びながら、ロープウェイは淡々と上へ登っていきます。
どうしてマキさんは「次は」だなんて守る気のない約束をしたのでしょうか。明日、はいつ来るのでしょうか。マキさんはずっと向こうの景色を見つめたまま、そっとため息をついて私の手を握りました。