❖ Browsing media by amane
「まだ降りるんですか、先輩……」
特別区に向かうプラットホームへの階段を450段あたり――高さにしてまだ100メートルほどだろう――降りたあたりで、クロが私の手を引いて立ち止まる。こうなることは分かっていたけど、彼女を一人でラボに置いてくるにはあの場所はあまりに不安定だった。
「でも、ヨンちゃんがいないと、私たちの実験も進められないからさ。ね?」
「それは、分かってますけど……」
この先にある第三レストより下層は、断続的に通路が崩落していてどうせ先には進めない。三人で何度も抜け道を探したけど見つからなかったし、仮に降りられたとしても特別区まで辿り着くのは無理だろう。センターからの通信はとっくの昔に途絶えていたから。
「扇沢先輩は勝手すぎます。こんな危険な場所なのに、どうして一人でどこかに行ってしまうんですか」
「退屈なんだよ。私たちと違って、ラボではあんまり仕事がないし。それに、あの子は――」
「――あの子って言うのやめてください。私だけ仲間外れみたいで、嫌です」
「えーと……うん、ごめん」
ただの言いがかりにも聞こえるけれど、思い返してみると確かにクロはいい顔はしていなかったかもしれない、と思う。押し黙ったまま私に、クロは「ごめんなさい」と小さく謝ったけれど、それでも内に渦巻いた黒い不満は止められないらしく、さらに言葉を続ける。
「私、この階段が嫌いです。初めて来た日の浮かれっぷりを思い出して、死にたくなります」
まるで自分に言い聞かせるようにそう呟くと、クロはゆっくりその場にしゃがみ込んでしまった。
私たちはもう限界だった。ラボには十分な計算資源と食料生産プラントが残っていて、手探りでも毎日少しずつ解決に向かっているはずなのに――いや、むしろ肉体的な健康が永遠にこの生活が続くことを暗示しているようで、日に日に精神的な状況は悪くなっていた。
「どうして三人で行こうなんて言ったんですか。扇沢先輩なんて、ラボではたまにクオーツに手をかざすだけで、貴重なフィル・ポテトを好きなだけ食べちゃうし、先輩のこと悪く言うし……」
「クロ、待って」
「あなたはただの鍵なんだって、もっと大人しくしてろって先輩から言えばいいんじゃないですか? そうしたら、もっとシミュレーションの成功確率だって――」
パシッ、と打ちっぱなしのコンクリートに乾いた音が響く。はっと我に返ると、目を見開いたままのクロが、続く言葉を押し殺すように小さくうめき声を上げながら泣いていた。